2010年05月03日

新しい掲示板

「慢性膵炎な掲示板2」をご利用いただいていましたが、スパム対策をだんだんと強めた結果、一般の方の投稿もできないような状態になってしまったようなので、またまたではありますが掲示板を作ることにしました。「慢性膵炎な掲示板3」です。現在、無料で利用しているので広告が目障りなのですが、うまくいくようでしたら有料に切り替えて広告を消そうと思っています。

posted by カオル at 21:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 膵炎体験談
この記事へのコメント
体験です

初めて重症急性膵炎の診断を受けたのは平成19年の10月ぐらいだったと思う。
今考えると原因不明の腹痛が再発していた平成10年ぐらいから慢性膵炎になっていたのだと思う。

平成19年10月某日かなりの腹痛で朝から3件内科を受診していたらしい。
というのは退院してから記憶にない領収書が出てきたから。

で、覚えてないのだが夜にギブアップ。救急車を呼んだらしく民間の大病院に。
すでにその頃は危ない状態でした。
当時は地方の国立大学で研修歯科医をしていたからうなされながら自分の病院に転送してほしいと言ってたらしい。
で、大学病院に移って即ICU行き鎮痛剤、膵酵素阻害剤、末梢ルートでは栄養を取れないので首からIVH、もちろん鼠頸部からカテーテルでフサンなどを膵臓に直接注入。
ICUではうわごとを言っていたらしいが覚えていません。
気が付いたら11月中旬になっていました。一か月以上ICUとHCUにいたのか?
ナーススステーション前の個室に点滴の棒3つと酸素吸入で動けず。
個室では目が覚めると同時に口が気持ち悪くてうがいしようと立ち上がったらチューブに引っ張られてそのまま転倒。ナースが数人駆けつけて現状の説明です。
目が覚めて天井を眺める日々。天井の模様がなぜかしゃけの煮物って見えるぐらいやばい。

後から聞いたのですが入院時γ‐GTP1500ぐらい、CRPは50(平常値0.3以下)ぐらいで35までは順調にに下がったらしいですがそれ以降下がらずに1週間悩んだらしいです。
結局一般病棟に移ってもCRPは10越えでした。

その後幾度となく胃から心臓の下が痛かったり、左下の腸骨(骨盤の上の方)の腸が痛かったりしたけど東京に病気療養で帰ってかかった病院に膵臓専門の先生がいなくてなぜだか飲んでないのに”酒を飲むからだ”って毎回怒られました。
で、A病院に変更。これがのちの問題のもとでした。

もともと双極性感情障害があって躁状態になると歯止めが利かなくなり勢いで知り合いと飲みまくったらまたダウン。
救急車でいつも通ってる病院まで運ばれて3日ぐらいいたらしいが記憶にないです。
その後医科歯科に緊急搬送。
さすが医科歯科です。
運ばれた時点でCRPはすでに55越え、敗血症合併、心臓以外の臓器が不全(いわゆる多臓器不全)
間もなく自発呼吸も出来なくなりARDS発症人工、呼吸へと移行。ケミカルメディエーター除去のためだと思うが腎臓も悪かったから透析開始。
家族全員呼ばれて”回復する見込みはほとんどありません覚悟してください”宣言
結局1か月ぐらいでICU、HCUへと順調に回復。元の病院に戻りました。

その後数回急性増悪を切り返して平成21年から膵性糖尿病発症。
A病院には専門医がおらず一般的な慢性膵炎と糖尿病の治療のみとなった
処方される薬は初めは、フォイパン、ベザトール、アマリール、ベイスン。
けど、
最近の消化器内科・今日の診療指針2010によるとさらにベリチームは必須でアマリールは禁忌だってさ

酒は辞めれないおれがいるなぁ
Posted by 猫村ねこ at 2011年01月18日 02:45
猫村さん、体験ありがとうございます。
壮絶の一言に尽きるような気がします。

膵性糖尿病の発症ということですが、まだまだお若いようですし、病状安定に向けてできることはあるような気もしますが・・・

キリンフリーも慣れると本物みたいでなかなかですよ。
Posted by カオル at 2011年01月18日 22:20
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